ちょっとコラム的な内容を書いてみます。
お題は、職場での「いじられキャラ」の損得について。
・いじられキャラは愛されている証拠
・いじられキャラは辛い
一般的な意見は色々ありますね。
個人的には「いじられキャラ」は損が多いと思っています。その理屈を説明します。
綺麗ごとなしの黒めの分析です。
いじる側の心理
前提として、いじる側がいじられキャラをどう捉えているのか?を分析。
「いじられキャラは好かれている」という一般論は聞いたことがあるのではないでしょうか。これ自体は、間違いないと思います。
でも、いじる側がいじられる側を「自分より格上だ」とは思っていませんよね。好意はあるけど、自分の方が優位にあると捉えている。よくて対等ってところ。
誰もが「自分より格上だ!敵わない!」と心から思っている人は、いじれません。少なくとも「自分を脅かすものがない」という安心感がないと『いじる』ことはできない。
自分より格上で、かつ好意的な人に抱く感情は「尊敬」です。反対に、格上で嫌いな人に抱くのは「恐怖」になります。
つまり、能力値の見積もりと、好き嫌いの2要素によって、尊敬されるのか、怖がられるのか、いじられるのかが決まるということ。
格下かつ嫌いだと「バカにされる人」になってしまいます。いじめられるときは、そうなる。
ここまで説明した人間心理を、ザックリあわらすと下記。
いじる側は、「いじられる人」に好意を持ちながらも、対等以下だと感じている。ここがポイントになります。
ここまでを前提に「いじられキャラ」が損な理由を説明していきます。
いじられキャラが損な理由
「いじられキャラ」が損なのは、成果を出しても認められにくいからです。嫉妬が生まれる構造とあわせて考えるとそうなります。
嫉妬の構造
嫉妬は、「あの人は実力以上の恩恵を得ている」と思ったときに生まれます。
太ったお金持ちが美女といると「どうせ、お金目当てだろ!」と吐き捨てたくなるのは「本当はモテないはずの奴が(お金で)実力以上にモテている」と思うからではないですか?
本当はあんな容姿なら、自分よりモテるはずない!という気持ちがあるので、認めたくない。
では、職場で「あの人は実力以上の恩恵を得ている」という気持ちが生まれるのはどんなときか。
それは、自分と対等かそれ以下だと捉えた人が自分より評価されたときになります。好き嫌いはあまり関係ありません。
つまり、対等以下だと捉えられると『嫉妬』の対象になりやすいということ。
マトリクスだと下半分は対等以下と捉えられている。
よく考えてみると職場で尊敬する人・怖い人に嫉妬することはないはずです。
いじられキャラは、好かれているものの、多くの人に対等以下だと思われています。つまり、嫉妬を発生させやすい立場にいるということになります。
誰もが自分を高めに見積もる
いじられキャラが、嫉妬されやすい立場だということは説明しました。
ここまで読んで「いやいや、仕事で成果だせば普通に評価されるよ。大人だよ?」という人もいるかもしれません。
まあ、数字で結果がでる営業のような仕事は問題ありませんね。
でも、仕事は結果が数字で見えるものばかりではありません。むしろ、誰の活躍が大きいのか分かりづらい仕事の方が多いのが現実です。
人間は、誰もが自分を高く見積もってしまうもの。それを端的に表すのが言葉もあります。
誰かにちょっと負けているなあと思ったときは、だいぶ負けている。
だいぶ負けているなあと思ったときは、もうむちゃくちゃ負けてる。
自分に自信がなくなるうつ病の認識こそ正確で、健常時はポジティブに歪んだ認識で物事を捉えているという理論もあります。
『抑うつリアリズム』とは、抑うつでない人の認識がポジティブに “歪んでいる” のであり、抑うつの人の認識がより現実的で正確であると考えられる理論
自分の評価は甘くなり、人への評価は厳しくなるのが人の性ってことです。
僕もめちゃくちゃ心あたりあります!
成果がわかりにくい仕事では、みんなが自分の成果を高く見積ります。
それゆえ、自分が対等以下と捉えた人が評価されても、先の太ったお金持ちの例のように、すんなり納得できず「実力以外の何かのおかげだろ!」と認められない。
これが、いじられキャラが認められにくい理由です。
いじられキャラが得になるケース
いじられキャラになる人は、気を使える優しい人が多いように思います。
ここまでは、対等かそれ以下だと捉えられるという表現をしてきましたが、それは人に不要な緊張感を与えないということでもあります。
「仕事で成果をだすのだ!」などの野心がなく平和を望むなら、得の多いキャラクターです。
まとめ
「いじられキャラは損が多い」という持論は、実体験での失敗からきています。
気が向いたら、実体験も書きます。。。
個人的には、適度な距離感があった方が、仕事しやすいですねー。